2017/12/09
京ヶ岳城/新潟県上越市
京ヶ岳城は、坊ヶ池の東側にそびえる山城でした。訪問日は2015年8月2日です。

登城口は南と北にあり、私は南から登りました。
案内があるので、迷うことはないと思います。

登城路からは、すぐ西にある坊ヶ池がよく見えます。
この池は昔からあり、近隣の水源だったそうです。
それだけに水に関わる争いが絶えなかったと、案内に書かれていました。

登城路の途中に、屋敷跡と書かれた標柱がありました。
まだ山頂ではありませんが、数段の削平地があり、ここはその中の1つです。
屋敷があったということですが、それほど広くはありません。

登城路はこんな感じで、帯曲輪を辿っている感じです。

そしてついに、現在のお城が見えて来ました!
一番高い所によくある四阿ですがw
それでも、屋根付きの建物があるとそれっぽく見えます。
見えます、よね?

一番高い所にある平地を、可能な限り引いて撮りました。
真ん中にある標柱には「京ヶ岳城跡」と書かれています。
こんな感じなので、おそらくは物見か烽火台だった感じです。

何か無いかとキョロキョロして、土塁?っぽい土の高まりを見つけました!
公園化する際の削り残しかもしれませんけど・・・

◆歴史◆
不詳
信濃に通じる脇街道が近くを通ることから、上杉氏が築いたものと考えられています。
すぐ脇にある坊ヶ池で色々ググってみましたが・・・
それらしい伝承は見つからず。
せっかくなので、「坊ヶ池」の名の由来となった伝承を紹介します。
坊ヶ池の「坊」は「坊や」の坊で、小さな
つまり、小さなお子様がこの池の名の由来となっています。
この伝承はいわゆる龍神伝説で、概要は以下の通りです。
・この池の近くに安倍某という、仲睦まじい夫婦が暮らしていた。
・そのお子様の名前が「坊」だった
・よくこの池に遊びに来ていた。
・ある日突然姿を消した
・かなり日にちが経ってから、坊が帰って来た
・寝る前に「覗かないでネ」と言って寝た
・親が寝姿を覗くと、龍の子が寝ていた
・坊はもう戻れないと言い残し、雲の間へと飛んで行った
ザックリとこんな感じです。
情緒も趣向も無い紹介ですwww
・・・という事で、京ヶ岳に関する伝承は見つかりませんでした

所在地:新潟県上越市清里区青柳
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