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浄泉寺城/東京都八王子市

城館の宝庫・八王子!
次は浄泉寺城です。

浄泉寺城/浄泉寺本堂
▲浄泉寺本堂

浄泉寺城は近藤砦とも呼ばれ、北条氏照の重臣・近藤出羽守助実が城を構えていました。北側に湯殿川が流れており、天然の堀の役目を果たしていたのでしょう。

浄泉寺城/説明板
▲説明板

本堂の前、駐車場の脇に説明板があります。その文章を丸々コピーすると・・・
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浄泉寺の歴史
 浄泉寺は戦国時代末期のころ御霊山浄泉寺城と称し近藤砦とも呼ばれていました。天正初年、八王子城主北条氏照の家臣、近藤出羽守助実公が、この寺を創建されました。過去帳によると龍洞院殿一渓浄泉大居士、天正十八年六月二十三日寂すと記されていることから浄泉寺の開基とされております。また、お寺をお開きになった僧は入間郡久米村(現、所沢市)永源寺の末、当時開山、獄應儀堅禅師(天正十五年十月十七日寂)であります。この寺の二世、照鑑圓應禅師(慶安一六四八-一六五八)は、当時は十石の御朱印を賜っていた名僧でもありました。
 この寺と武士とが関わった歴史は古く、今から九百年前、平安末期に醍醐天皇の系統貴族の子孫、鎌倉権五郎景政という武将が本拠を構えておりました。しかし、三年の役(一〇六八-一〇八八)一〇八三年の時、景政は右目を矢で射られ、それでも敵を追い払い、又矢を抜こうとする者に「無礼者、弓矢で死するは武士の道」と叫んだことは有名で、諸行無常にして景政は寛治元年(一〇八七)九月九日三十三才で無念なる人生を閉じたのでした。勇敢な武将として讃えられその景政を祀る神社が寺のすぐ下にあり当時は寺の守護神として建られ明治に入り神仏分離によって絶学天真禅師ご親筆により御霊山を釈尊山と山号を改めまた御霊神社を明神様と称するようになったのであります。浄泉寺は武将の館に相応しく、周囲には川が流れて人の往来をさえぎりやすく、その上、切り立つような丘のため、城砦としては申し分のない場所であったのです。今も土塁(土盛り)や空堀の跡が残された歴史ある古いお寺でございます。

 平成十年五月吉日
                                                 釈尊山 浄泉寺 山主
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要約すると
・近藤出羽守助実が城を構えていた。
・平安時代には鎌倉景政が館を構えていた。
・土塁・空堀が残っている。
・・・でしょうかw

浄泉寺城/土塁?
▲土塁?

「土塁・空堀がある」と書かれているので探してみると・・・説明板の裏になんとなくそれっぽい土の盛り上がりが!これで敵を防げるとは思えませんが、土塁の名残なのかもしれません。

浄泉寺城/墓地
▲裏の墓地

土塁が無いかキョロキョロしていて目に付いたのが裏手の墓地。段差があって、お城を構えるならこっち!って感じ。ガッツリ造成されているので、かつてとは地形が変わっているのでしょうが。


◆歴史◆

お寺の説明板によると、平安時代に鎌倉景政が館を構えていたようです。鎌倉氏は平良文の子孫で、鎌倉郡を領有していたため父の代から鎌倉姓を名乗りました。説明文の右目を射られた後三年の役は16歳の時の事だそうです。

時代は下り、戦国時代には北条氏照の重臣・近藤出羽守助実が城を構えていました。助実は近藤綱秀とも名乗り、氏照の右腕として主に北関東で活躍しました。最前線にあった下野国・榎本城の城代を務め、独自の印判状を使うことが許されていました。また、武勇だけではなく外交手腕にも長け、伊達政宗の重臣・片倉小十郎とも会談しています。

1590年、豊臣秀吉が後北条氏を攻めた際、八王子城を守備。最前線にあった近藤曲輪で壮絶な討死を遂げました。その後、城跡にお寺が開基されたようです。


所在地:東京都八王子市館町

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Author:なぽ
故郷にはお城があり、小さな頃から何となくお城が好きでした。若い頃から旅が好きなので、旅行ついでに立ち寄るといった感じでした。

しかし、本格的に城をメインに旅を始めるとハマってしまい・・・。今では道無き山まで歩き回るようになりました。もう、殆どビョーキですw

全国津々浦々見てやろう!と意気込んでいましたが、訪ねる基準が年々変化しており、始めた頃に回った地方がかなり手薄になりました。でも、あまりにもマイナー過ぎる城跡まで回るのもどうかと思いつつ、通りすがりに「〇〇城跡→」なんて案内があると、ついつい足が勝手に動いてしまいます。

書き始めるとついアレコレ気になって調べまくり、遅々としてブログが進みません。こうしている間にも訪ねっ放しの城跡がザクザク溜まる一方で・・・。書き方もちょっと考え直さないと、死ぬまでに書ききれないとマジでびびっています。

おっと、またつい長くなりましたが、基本スタンスは「道案内 & 見所案内 & 歴史も!」な欲張りブログを目指しています。ここでお友達を作るつもりはありませんので、ググって出て来てちょっと気になったら読んでやって下さいませ。

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