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杷木神籠石/福岡県朝倉市

杷木神籠石は筑後川北岸にある山をそのまま利用していたようです。
訪問日は2013年12月31日です。

杷木神籠石/①第2水門

杷木神籠石/②第2水門の説明板
▲第2水門と説明板

ココに来る前に見た情報では・・・
国道沿いに案内があって道なりに進めば着く、というイメージでした。
なので公園化されて分かりやすく、すぐに見つかると思っていました。
・・・が、現地に辿り着いてもよくわからず。
相変わらず準備がサッパリで苦労しましたあせる

で、散々迷った挙句に辿り着いたのが第2水門の跡です。
神籠石は谷を挟んだ山を丸ごと取り込んだ地形に造られるという共通点があります。
その立地になると、必然的に真ん中を川が流れており、水門が必須となります。
杷木神籠石には2つの水門があったそうですが・・・
第1水門は見つけられませんでした。
正確にはそれ程熱心には探さなかったのですがw

この水門、確かに巨石はあるのですが様子が変ですよね。
綺麗に並んでいるのはどうみても近世積んだっぽい石ばかり。
巨石はどう見ても崩れ落ちてそのままといった感じです。
実は江戸時代に筑後川大石堰の工事でここの石が使われたそうです。
史跡と分かったのが昭和42年ですからね。
当時はただの石ころの山だったんでしょうねあせる

杷木神籠石/③鵜木城跡にある列石

杷木神籠石/④鵜木城跡にある説明板
▲鵜木城跡にある列石と説明板

Google Mapで「杷木神籠石」と印の付いている所には辿り着けませんでした。
そこは第2水門の上流の川沿いに急斜面の上を指していました。
そこに通じる道もなし・・・
おそらくは「杷木神籠石」とされる領域を示すためだけの印のようです。

杷木神籠石の領域内には戦国時代の城跡が2つあります。
この2つの城跡(長尾城と鵜木城)も見るつもりでウロウロしました。
鵜木城跡は国道を挟んで南側に独立した丘にあります。
国道が出来る前はつながった1つの山だったようですが・・・

で、この鵜木城跡に登る途中、写真の列石を見つけました。
よそでも見たことがあるので、これが神籠石の列石だとすぐ分かりました。
ただ、あまりにも綺麗に並んでいたので、本物?とちょっと疑ってかかりましたが・・・
後から調べてみると、どうやら本物みたいです合格

鵜木城の本丸跡には、屋根つきの休憩所があります。
何となく見た目は能舞台っぽいのですがw
その壁に写真のように立派な説明板があります。
残念ながら鵜木城については殆ど触れられていませんが・・・w


◆歴史◆

築城時期というか、そもそもが「城」なのかもよくわかっていないのが神籠石です。
西日本各地にあり、朝鮮式の古代城説と神聖な霊地説があって結論が出ていません。
杷木以外の所での調査結果としては7世紀頃に築かれたようです。

杷木神籠石は1967年(昭和42年)に工事中に発見されました。
そして1972年(昭和47年)に国の史跡に指定されています。


所在地:福岡県朝倉市杷木林田
(左から鵜木城、杷木神籠石第2水門、長尾城です)

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Author:なぽ
故郷にはお城があり、小さな頃から何となくお城が好きでした。若い頃から旅が好きなので、旅行ついでに立ち寄るといった感じでした。

しかし、本格的に城をメインに旅を始めるとハマってしまい・・・。今では道無き山まで歩き回るようになりました。もう、殆どビョーキですw

全国津々浦々見てやろう!と意気込んでいましたが、訪ねる基準が年々変化しており、始めた頃に回った地方がかなり手薄になりました。でも、あまりにもマイナー過ぎる城跡まで回るのもどうかと思いつつ、通りすがりに「〇〇城跡→」なんて案内があると、ついつい足が勝手に動いてしまいます。

書き始めるとついアレコレ気になって調べまくり、遅々としてブログが進みません。こうしている間にも訪ねっ放しの城跡がザクザク溜まる一方で・・・。書き方もちょっと考え直さないと、死ぬまでに書ききれないとマジでびびっています。

おっと、またつい長くなりましたが、基本スタンスは「道案内 & 見所案内 & 歴史も!」な欲張りブログを目指しています。ここでお友達を作るつもりはありませんので、ググって出て来てちょっと気になったら読んでやって下さいませ。

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