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志岐城/熊本県苓北町

志岐城は、天草五氏・志岐氏の本拠地でした。
訪問日は2023年12月31日です。

志岐城【写真位置】大きな地図を表示
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クルマで主郭まで行ける!とチェックしてた城跡です。
実は、今回訪問予定はありませんでした。
なぜ訪ねたかと言うと、雨が降ったからです。
年末年始に本降りの雨というのが19年ぶりだとか。
思い返せば、年末年始っていつも晴れでした。
雨の日に山城巡りはちょっと・・・
でも、1日ホテルに缶詰めは・・・
ということで、時間潰しがてら「雨でも」な城跡へ。
そんな訳なので、下調べほぼゼロで急遽訪ねました。
登城口は、北側麓の消防署脇。
建て替え中なのか、建物はありませんでした。
でも、ちゃんと案内ありました(*^▽^*)
舗装道をクルマで登り駐車場へ。
そのすぐ脇が主郭なのでした。
いくら車で来れるからって、これで終わり?
そう思いウロウロしてみました。
どうせ時間は有り余ってたので。
すると、南側の曲輪の縁が妙に暗い!
そう思い木立の中を覗き込むと、横一線に堀が!
でも、下りる場所を見つけられずに車道へ。
実は車道手前に下りやすい場所がありました。
それは2回目に下りた時に下で見つけたのですが・・・
何せ下調べ無しで来たのでそうとは知らず。
車道沿いの曲輪から、無理やり下りたのでした。
下にはかなり長い帯曲輪があります。
行きませんでしたが、北西にずっと続くようです。
主郭側へ戻ると、手前に段差があります。
段差は2つあり、いずれも石垣でした。
先程の芝生の曲輪下に一段の平坦地。
その南側に、長い堀切があります。
あぁ、来て良かった(*´ω`*)
雨も思った程降らず、しっかり山城探検したのでした。
志岐城【ザックリ図】
志岐城【1】
【1】登城口 上に戻る

地図を見てもよくわかりませんが・・・
先人曰く、消防署の脇から登れるらしい!
その消防署は解体され見当たらず。
でも、その辺りに行くと案内がありました。
ここからクルマで登ります。
志岐城【2】
【2】駐車場(二郭) 上に戻る

全面アスファルト舗装で頂上へ。
行き着いたのが突き当りの駐車場です。
いつも通りの貸切!
着いた時は、ですが。
志岐城【3】
【3】二郭 上に戻る

駐車場から細長い平坦地が二郭です。
芝生になっていて四阿があります。
眺めが良く富岡城も見える、らしいです。
そういうの興味無くて見ませんでしたが(^^;
志岐城【4】
【4】主郭下の説明板 上に戻る

駐車場脇に雑木林のこんもりが。
その階段脇に説明板があります。
普段行く所には無いので嬉しくなります。
流石は整備された城跡!
志岐城【5】
【5】主郭 上に戻る

階段を上がると神社があります。
その名も「志岐麟泉社」です。
城主様の名前そのまんまです。
本人が見たら照れるでしょうか?
エッヘンと得意気になったらシカトするかも(´∀`*)
志岐城【6】
【6】神社の屋根 上に戻る

そして、城キチなら思わず目が行くアレがあります。
城跡にある神社ならこうでなくては!
城主様を祭神としてるなら、これ位アリです。
志岐城【7】
【7】主郭南端の土壇 上に戻る

社殿の裏も忘れずに見ます。
土盛りが見えたので。
神社があるのでその時のかもですが。
一応「土塁かな?」とチェックは欠かしません。
何せ予習無しで突撃したので。
らしいものは一切見逃さないつもりで来ています。
志岐城【8】
【8】主郭東側の通路 上に戻る

いかにも「こっちも見ろ」的な通路が。
もちろん逝きますとも!
通路っぽく見えますが通路でしょうか。
帯曲輪、という程でもないような。
志岐城【9】
【9】主郭南側の曲輪 上に戻る

駐車場から主郭を挟んだ反対側にも曲輪があります。
でも、ココの名前が全然わからず。
志岐城には主郭、二郭、出丸、馬場があるそうです。
そう書いてあるサイト様でも、どこが何とは一切触れず。
ハッキリわかるのは主郭と二郭、出丸だけです。
主郭には神社、二郭は駐車場、出丸は登って来る途中。
消去法で行くとココは馬場?
馬場のイメージとはちょっと違います。
主郭を二郭が一周囲んでいる、ということでしょうか。
志岐城【10】
【10】西側の帯曲輪 上に戻る

駐車場手前の道の下には帯曲輪があります。
本当は主郭南側の曲輪から下りたかったのですが。
下りる場所がわからず、ズルズル進んでしまいました。
結局、西側の道端から強引に下りました。
もっと下りやすい所が後で見つかりましたが・・・
それは、ザックリ図に書き込んでおきました。
下りた所も道のように細長い平坦地が続いています。
まさかココって帯曲輪?
形状的にはそうですが、いきなり実物を見ると信じられず。
でもあちこちのサイト様を拝見すると帯曲輪でした。
その先端が出丸で、水道施設があるそうです。
志岐城【11】
【11】帯曲輪の段差 上に戻る

そうとは知らず、城側へと戻りました。
城の南側に近づくと、背丈程の段差があります。
この段差が石垣で出来ていました。
こういうのが2段あります。
志岐城【12】
【12】南側の切岸 上に戻る

下から見た主郭南側の曲輪の下です。
固有名詞がわからないと、表現が難しいデス。
3メートル程の切岸で、垂直に掘られています。
下は平坦なので曲輪なのかと思いました。
とは言え、ここも馬場ではないでしょうね。
志岐城【13】
【13】石垣の跡? 上に戻る

この切岸の一番下は、石が横一線に並んでいます。
でも、並べたというより、石垣の一番下の段に見えます。
元々は一面石垣だったものが、崩されたかのような。
島原・天草一揆の後、九州各地で破城が行われました。
これは一揆で廃城跡が利用されるのを防ぐ措置です。
有名ドコロでは名護屋城とか原城など。
崩された石垣が見所となっています。
もしかしたらココもそうなのかもしれません。
志岐城【14】
【14】堀切 上に戻る

切岸から10メートル程先に、大きな溝があります。
この溝は、尾根を垂直に分断しています。
こういうのを城キチ用語で「堀切」といいます。
一般的にはもうちょっと細い尾根をザクっとですが。
熊本では緩い尾根を長く掘ってる所がチョクチョクあります。
志岐城【15】
【15】堀切の東端 上に戻る

せっかくなので、端から端までなぞってみました。
私の大好物は堀切なので(*´▽`*)
志岐城【16】
【16】南側から 上に戻る

堀切の向こう側から城側を見た所です。
溝の部分だけが堀切かと思っていましたが・・・
切岸の下の平坦地も含めて堀切のように見えます。
掘らなければここ全部まっすぐ繋がりますからね。
そういう目で見ると、実はかなり大規模な堀切でした。
【動画】 上に戻る

と、ここまで長々と綴りましたが・・・
動画にすると4分弱でまとまりました。
画が流れるので脱線出来ませんからね。
時間が無い方はコチラをご覧頂いた方が早いかもです(・_・;)


◆歴史◆

天草五氏・志岐氏の城でした

志岐氏は菊池氏の一族です。
1205年、藤原光弘が天草郡内六ケ浦の地頭となりました。
この頃から志岐姓を名乗るようになったと考えられます。
藤原姓ですが、菊池氏の本姓も藤原です。
そこら辺をすっ飛ばすと?になります。

志岐氏は自らの領地を北条得宗家に寄進。
その代官として現地で勢力を拡大しました。
そのため、以前から居た天草氏と激しく争います。
苓北町各地に「麟泉」と付いた名の施設があります。
これは、戦国時代の当主。志岐麟泉に由来します。
志岐麟泉は、天草で初めてキリスト教の布教を認めました。
しかし、これは交易による利益目当てだったようで・・・
良港の無い志岐領に、南蛮船はあまり来ませんでした。
益無しと見た志岐麟泉は、キリスト教を迫害しています。
天草で一番熱心なキリシタンは天草氏でした。
後に多くのキリシタンが島原・天草一揆に加わりました。
ちなみに、天草四郎は天草氏ではありません。
本名は益田時貞です。

1589年、小西・加藤連合軍に降りました

天草の諸氏は、周辺大名の動向に左右されました。
南北朝時代には、北朝方の一色氏と南朝方の菊池氏。
菊池氏衰退後は大友氏、相良氏が肥後を支配します。
その後、島津氏、龍造寺氏らも加わり・・・
天草五氏は、生き残りを賭け右往左往します。
島津氏が勢力を拡大すると、志岐氏も配下となります。
豊臣秀吉が島津氏を討伐後は、降って本領を安堵。
南肥後の主となった小西行長の与力となります。
しかし、ここでトラブル発生。
小西行長の宇土城改修に天草諸氏が従わず。
小西行長は天草諸氏を攻撃しました。
天草諸氏は協力し合って小西軍を撃退しましたが・・・
小西行長は加藤清正に援軍を要請。
小西・加藤連合軍により、天草諸氏は討伐されました。
志岐氏は縁者の島津氏や有馬氏を頼って離散しています。


所在地: 熊本県天草郡苓北町志岐 GPS軌跡ダウンロードページ
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プロフィール

なぽ

Author:なぽ
故郷にはお城があり、小さな頃から何となくお城が好きでした。若い頃から旅が好きなので、旅行ついでに立ち寄るといった感じでした。

しかし、本格的に城をメインに旅を始めるとハマってしまい・・・。今では道無き山まで歩き回るようになりました。もう、殆どビョーキですw

全国津々浦々見てやろう!と意気込んでいましたが、訪ねる基準が年々変化しており、始めた頃に回った地方がかなり手薄になりました。でも、あまりにもマイナー過ぎる城跡まで回るのもどうかと思いつつ、通りすがりに「〇〇城跡→」なんて案内があると、ついつい足が勝手に動いてしまいます。

書き始めるとついアレコレ気になって調べまくり、遅々としてブログが進みません。こうしている間にも訪ねっ放しの城跡がザクザク溜まる一方で・・・。書き方もちょっと考え直さないと、死ぬまでに書ききれないとマジでびびっています。

おっと、またつい長くなりましたが、基本スタンスは「道案内 & 見所案内 & 歴史も!」な欲張りブログを目指しています。ここでお友達を作るつもりはありませんので、ググって出て来てちょっと気になったら読んでやって下さいませ。

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