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原田城/熊本県人吉市

原田城は、登城路がありません。
訪問日は2023年12月30日です。

原田城【写真位置】大きな地図を表示
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原田城への登城路は消失しています。
かつては公園だったらしい原田城跡。
国土地理院の地図には東西に道が描かれています。
しかし、いずれも「道」の体を成していません。
はじめに訪ねたのは東側。
クルマが走れそうな道が描かれているので。
しかし、現地で見えたのはただの斜面。
道らしき痕跡すら見えませんでした。
次に訪ねたのは西側。
社の脇にそれっぽい所があり突入しました。
しかし、すぐにそれっぽさは無くなります。
東にズレてるから?と思い西に寄りましたが・・・
見えた光景は「ただの谷」です。
元来た所の方が歩きやすいと、元の位置に戻りました。
写真3の辺りからは、何となく道の痕跡が。
そのまま登り、西城の堀切に行き当たりました。
西城は単郭で、樹脂製の遊具が残っています。
西城からは、堀切に架かる橋を渡り稜線へ。
道は無いものの、下草は無く歩きやすいです。
途中に土塁が横一線にあり、その東側が堀切でした。
かと言って、土塁があるのは西側。
そちら側が曲輪かと言えば、そうは見えません。
そのすぐ東側が、複雑な形状になっています。
虎口っぽい所もあり、南側に平坦面が続きます。
東城は、東側に一段低い段があります。
それ以外はノッペリ平坦な曲輪があるだけです。
下りは西城北側の堀切を東へ。
地図に描かれている道を探す感じでした。
確かに地面は掘られた感じがありますが・・・
地表は草木が覆い尽くしていました。
そんな超藪状態を潜り抜け地上に到達。
下りた先は、コンクリートの小さな水路でした。
道が消失したのは、熊本地震のせいでしょうか?
原田城【ザックリ図】最近、ザックリ図だけで良いように思えてきました(´▽`;)
原田城【1】
【1】大黒天 上に戻る

今回スタート地点とした赤い鳥居の神社です。
国土地理院の地図では道が描かれています。
その道を探したものの見つからず。
ウロウロしてココに辿り着きました。
左脇が何となく山道っぽい?
ということで、ここから登りました。
原田城【2】
【2】途中にある石垣 上に戻る

途中、こんな石垣がありました。
畑にするような場所でもなし。
積み方も野面積みだし城郭遺構?
それにしては少し離れ過ぎな気も。
城キチなので、一応撮りました。
原田城【3】
【3】道の跡? 上に戻る

西側の道?は、これでも良い方です。
麓からは、斜面に沿って踏み跡を辿りました。
踏み跡と言っても、心の眼で見る感じのです。
GPSでは、国土地理院の地図の道よりだいぶ東。
途中そっちを見に行ったものの、歩けそうになし。
ということで、元のマシな所を辿りました。
原田城【4】
【4】西城北側の堀切 上に戻る

ただの山を真っすぐ登りました。
そして稜線近くまで来て、右側がこんな感じに。
これはどう見ても堀底道!
山登りにうんざりした城キチは息を吹き返しました。
原田城【5】
【5】西城北端の木橋 上に戻る

堀底道はかなり続きます。
途中、如何にもな木橋が。
ここが西城の入口です。
木橋から南へGo!
原田城【6】
【6】西城 上に戻る

かつては公園だったらしい原田城跡。
その名残が西城にはありました。
・・・これだけですが(・_・;)
何しにココへ遊びに来たのか。
公園だった頃の様子が知りたくなりました。
原田城【7】
【7】西城北側の道っぽい所 上に戻る

続いて東城へ。
堀切を東に進んでも行けそうですが・・・
木橋から稜線に向かってうっすら道が。
・・・これが道に見えるという私の眼。
お医者様に診てもらった方がいいでしょうか。
やはりというか、明確なものは無し。
とりあえず一番の高みに沿って東へGo!
原田城【8】
【8】稜線を横切る土塁 上に戻る

すると、途中で横一線に土の高まりが。
向こう側は一旦低くなってるように見えます。
これって、もしかして、、、?
曲輪でもないし、ここにある?
原田城【9】
【9】稜線を分断する堀切 上に戻る

そう思ったものの、確かに土塁と堀切でした。
稜線上を分断しています。
西城と東城の間で。
両城の外側ではなくその真ん中。
どういう意図なのか気になります。
土塁の位置からすると西側が防ぎたい側。
それとも、東城への付城だったのでしょうか。
原田城【10】
【10】東城北端 上に戻る

そろそろ東城?という辺りで地形が複雑に。
明らかに人の手が加わった造形です。
とは言え、整った感じではないですが。
パっと見、どこからどう進むのか?という感じです。
原田城【11】
【11】東城虎口? 上に戻る

でも、1か所だけこうなってました。
素直に見れば虎口なのでしょう。
でも、公園になってたし・・・
そういう過去があると、わからなくなります。
原田城【12】
【12】東城の付け根 上に戻る

複雑な地形から先はこんな感じです。
尾根の先に向かって平坦面が続きます。
ここから見ただけでも、西城よりかなり広いです。
原田城【13】
【13】東城東側の腰曲輪 上に戻る

東城の東側には、一段低い段が続きます。
原田城【14】
【14】東城 上に戻る

東城です。
西城に比べるとかなり広いです。
しかし、曲輪は1つだけ。
端に段はありましたがそれだけです。
原田城【15】
【15】西城北側の堀切 上に戻る

帰りは東側から。
麓で見つからなかった「道」を探しに。
地理院の地図では西城の東側です。
現地では、西城北側の堀切を辿ります。
その東端は、土盛りが迫り虎口っぽい感じ。
原田城【16】
【16】虎口? 上に戻る

反対側から見た所です。
ここだけ狭めているので虎口でしょうか。
外側の土盛りは、よく見れば石垣です。
積み方が野面積みですね!
公園化した時のものではなさそうです(^o^)
原田城【17】
【17】東側の道跡 上に戻る

と言っても「道」らしさはそこまで。
すぐにこんな感じになります。
辛うじて地面は少し窪んでいます。
でも、地表はとても歩ける状態ではありません。
場所によっては、文字通り藪に「潜り」ます。
原田城【18】
【18】東側の道跡 上に戻る

藪でない所でも、倒木がかなりあります。
重力で色々集まりやすい谷間ですからね。
東西ともに道は消失、ということです。
原田城【19】
【19】東側の道跡の下端 上に戻る

上から道の跡をなぞってココに出ました。
「道」を探しても見つからなかった訳です。
地図に描かれた「道」がコレだとは思いませんからね。
廃道マニアか藪マニアにしか勧められないコースです。
歩けるだけ、西側の方がまだマシです。


◆歴史◆

1340年、攻め落とされたようです

築城年代や城主等は不明。
原田の地頭だった豊永氏や馬場園氏と考えられています。
散々ググって出て来たのは1340年の1件のみ。
『相良祐長軍忠状』です。
軍忠状とは、戦の功を証明する文書です。
ややこしいのはこの文書の名前。
前に書かれた名前が、申請者なのか、承認者なのか。
色々ググってると、両方出て来ます。
・・・まぁ、関わってる事に変わりは無いですが(;'∀')
内容は、少弐頼尚の兵が立て籠もり、焼き払ったというもの。
少弐頼尚は北朝方では九州のトップ。
ご本人様がこんな小城に立て籠った訳ではありません。

当時、相良家は北朝方と南朝方に分裂。
約100年にわたって争い続けました。
鍋城で上相良氏が南朝方、下相良氏が北朝方と書きました。
でも、実はそんなスッキリしたものではありませんでした。
と言うのも、相良祐長は下相良氏だからです。
あれれ?と思い、少し調べた結果が↓です。
原田城【ザ~1340】
当時の相良家惣領は多良木の上相良氏でした。
下相良氏は、相良家中で最有力な分家でした。
その両家が南朝方・北朝方に分かれ争いました。
そこに、下相良家中の不和も絡みます。
球磨郡一帯では南朝方が優勢でした。
そんな中、北朝に味方する相良長氏は貴重な戦力。
当然、少弐頼尚としては必死に繋ぎ止めようとします。
そのエサとなったのが、人吉北部の領地です。
相良氏初代が没収されたトコロです。
少弐頼尚は相良長氏に与えたのですが・・・
相良長氏は、孫の相良定頼に譲っています。
もうここに、父と子の断絶が見て取れます。
相良祐長は、少弐頼尚方の原田城を攻めました。
その背景は、たぶんこんな感じだったものと思われます。


所在地:熊本県人吉市下原田町西門 GPS軌跡ダウンロードページ
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プロフィール

なぽ

Author:なぽ
故郷にはお城があり、小さな頃から何となくお城が好きでした。若い頃から旅が好きなので、旅行ついでに立ち寄るといった感じでした。

しかし、本格的に城をメインに旅を始めるとハマってしまい・・・。今では道無き山まで歩き回るようになりました。もう、殆どビョーキですw

全国津々浦々見てやろう!と意気込んでいましたが、訪ねる基準が年々変化しており、始めた頃に回った地方がかなり手薄になりました。でも、あまりにもマイナー過ぎる城跡まで回るのもどうかと思いつつ、通りすがりに「〇〇城跡→」なんて案内があると、ついつい足が勝手に動いてしまいます。

書き始めるとついアレコレ気になって調べまくり、遅々としてブログが進みません。こうしている間にも訪ねっ放しの城跡がザクザク溜まる一方で・・・。書き方もちょっと考え直さないと、死ぬまでに書ききれないとマジでびびっています。

おっと、またつい長くなりましたが、基本スタンスは「道案内 & 見所案内 & 歴史も!」な欲張りブログを目指しています。ここでお友達を作るつもりはありませんので、ググって出て来てちょっと気になったら読んでやって下さいませ。

ホームページ紹介

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これまで私が訪ねた城跡を紹介しています。ブログで紹介したお城もすべてココから見に行けるようになっています。是非遊びに来て下さい!

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