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上村城/熊本県あさぎり町

上村城は麓城とも呼ばれ、紅葉の名所です。
訪問日は2023年12月30日です。

上村城【写真位置】大きな地図を表示
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上村城へは、谷水薬師を目印にして行きます。
案内に従い脇道へ入り、川の反対側に駐車場があります。
駐車場から案内のある方へ進み、右脇へ。
紙つぶて仁王、谷水薬師堂を経て城跡に着きます。
城は高城・中城・下城に分かれています。
文面から、山城部分が高城・中城、麓が下城なのでしょう。
比高50mの山城部分と、水堀に囲まれた平城から成ります。
構造的には山口城や近江八幡城に似ています。
当時としては先進的な造りだったようです。
ただ、山城部分で高城・中城がどちらなのかがわからず。
本文中では「北側」「南側」とボカシています。
某大聖典や『熊本県の中世城跡』でも具体的な記述ナシ。
ググっても3つに分かれている事しか書かれていません。
私が決めて良ければ決めちゃいますが(*´∀`)
「北側」は土塁に囲まれ2段になっています。
上の段にはさらに分厚い土塁が南東側にあります。
西側に細い犬走があり、その先に堀切があります。
『熊本県の中世城跡』によると、その先の尾根に段が続くそうです。
「南側」は中央を南北に土塁で隔てられています。
その西側は、さらに3段になっています。
南端に土塁があり、段になった各段に連なります。
その先に二重堀切があります。
南側の尾根から城を分断しています。
南東側の尾根斜面には畝状竪堀群があります。
道も城内も整備されていますが・・・
完全攻略はやはり冬場が良さそうです。
上村城【ザックリ図】
上村城【1】
【1】駐車場出入口 上に戻る

麓城には駐車場があります。
紅葉の名所という観光地なので。
城としても歴史的に重要な所でもあります。
出入口には大きな案内図が。
その中に麓城も描かれています。
ちょっと探しますけどネ。
上村城【2】
【2】上村氏墓地 上に戻る

駐車場脇には上村氏の墓地があります。
城主様達がここで静かに眠っています。
上村城【3】
【3】案内 上に戻る

観光地なので、案内がちゃんとあります。
普段とはココが違います!
既に道がタイル張りですし。
ざらざらセメントなので、雨でも滑りません。
我が家最寄り駅の前はツルッツルなタイルです。
既にココで負けています。
上村城【4】
【4】谷水薬師の仁王門 上に戻る

薬師様の仁王門です。
ここに紙つぶて仁王像があります。
・・・見てませんが(*^^*;)
手前に川が流れ、石橋の向こう側にあります。
これってまんま城門跡?
そうとしか思えない造りです。
上村城【5】
【5】案内 上に戻る

石段を上がり、薬師堂の右脇にも案内があります。
日本七大薬師の一つと書かれています。
でもググってみると・・・
上村城【6】
【6】土塁と北側の切岸 上に戻る

薬師堂から5分程で城跡に着きます。
入口はこんな感じで、門のようになっています。
手前左側にも平坦面があります。
道は少し離れた所から徐々に近づく感じ。
平坦面の前に柵を立て、弓矢や鉄砲でお出迎え?
そんな構造に見えました。
上村城【7】
【7】北側の西側(南から) 上に戻る

説明板をじっと見た後、まずは北側へ。
外側には土塁がしっかり巡っています。
上村城【8】
【8】北側の東側(北から) 上に戻る

2段になっている上の段です。
南側にはさらに分厚い土塁があります。
これが城跡に着いた時に見た右側の切岸です。
土塁で高く見せていたんですね!
上村城【9】
【9】北側から見た南側 上に戻る

その一番高い所から反対側を見た所です。
中央を真っすぐ土塁で隔てています。
こうして見ると、まるで馬出しのようです。
普通ならもっと左側の端なのでしょうけど。
なぜ真ん中なのかが気になります。
上村城【10】
【10】北側の西側 上に戻る

北側の西側はこんな感じになっています。
これって奥へ進めってこと?
山城ばかり歩いてるとピンと来ちゃいます。
この奥にゼッタイ何かあると。
上村城【11】
【11】北側の堀切 上に戻る

その「何か」です。
通路にするためのリスク対策でしょう。
奥から振り返っているので、左側が北側の曲輪です。
上村城【12】
【12】二重堀切 上に戻る

続いて南端の二重堀切です。
北端から間を一気にすっ飛ばして南端です。
だから昔訪ねた所って書けないんですよね・・・
GPS持ってなかったので、どこで撮ったかわからず。
写真が続くとすぐ近くとしか思えませんからね。
科学の進歩に拍手です。
間を飛ばしちゃったので補足します。
南側は南北に長い段曲輪があります。
その南端に段を跨ぐ土の壁があります。
山城で土塁があったらその裏を見よ!
・・・なんて誰か言いました?的名言が閃きます。
そのココロノコトバのまま進むと、大きな堀切が。
しかも、中央に土塁を挟んだ二重堀切です。
ここはその頂なので、二重なのが少し不明瞭です。
上村城【13】
【13】堀切(手前側) 上に戻る

二重堀切は、手前側の方が深いです。
せっかくなので、当然歩きます♪
もう1本も下がって上がってしました。
軌跡にもちゃんと描けています(^o^)
上村城【14】
【14】竪堀 上に戻る

二重堀切の頂から先は、大きい方はそのまま竪堀に。
小さいほうは頂の手前までです。
頂からは方向を少し変えて竪堀があります。
上村城【15】
【15】畝状竪堀 上に戻る

頂から見ると、数本並んで見えました。
畝状竪堀ですね!
竪堀が苦手な私にもちゃんと見えました。
それだけ規模が大きいということなのでしょう。
上村城【16】
【16】段になった曲輪 上に戻る

北端から南端にすっ飛ばした間の段です。
これはこれで見応えがあります。
生えている木はモミジです。
秋には真っ赤に色づくそうで。
新緑でも映えそうに見えます。
堀切脇には、この段に沿って土塁があります。
上村城【17】
【17】城跡手前にも堀切 上に戻る

イイもん見ちゃった♪の帰り道。
来た道をそのまま下りるハズでした。
でも、何となく感じた「何かある感」。
それは、城跡手前のカーブの外側に。
そちら側が尾根っぽく見えました。
もしかしたら、で入ってみたらありました。
2014年には気付かなかった堀切です。


◆歴史◆

上村氏の城でした

上村氏は、相良氏初期の分家です。
鎌倉時代の相良長頼の四男・頼村を祖とします。
当初から上村を領地としていたようです。
しかし、史料上では10代上村高頼までほぼ登場せず。
上村周辺は三池氏や永里氏の領地と記されています。
観応の擾乱では、相良氏が「球磨郡一揆」に参加。
ということは、多良木以外は他の氏族が居たことに。
名義上は領主だった上村氏も、実効支配はまだのようです。
谷水薬師前にある上村氏墓地は1499年以降のものです。
上村氏が城を築いたか城主になったのもその頃と思われます。
年代的には、上村直頼が相良為続の子を養子に迎えた頃です。
この頃から上村氏は相良家中で目立ち始めます。上村城【相良氏と上村氏】▲ザックリ上村氏

1526年、相良義滋に味方します

相良長定が乱を起こし、相良長祗を追放。
さらに、相良長唯(義滋)・長隆兄弟が相良長定を追放。
さらにさらに、相良長唯と相良長隆が争います。
もうしっちゃかめっちゃかです。
父親が当主とは言え、相良長唯は庶子でした。
当主に推されたとは言え、有力な後ろ盾が居ませんでした。
そこで白羽の矢を立てたのが上村頼興でした。
協力を要請した当初、上村頼興は首を縦に振りませんでした。
そこで相良長唯は、上村頼興の子を後継者にすると約束。
上村頼興を味方に付け、相良長唯は相良長隆を撃破。
さらに、相良長定に味方した犬童一族を討伐。
こうして上村頼興は一気に筆頭の家臣となります。

1557年、犬童頼安が城主となります

1555年、相良晴広が、実父・上村頼興より先に没します。
相良氏の家督は12歳の相良頼房(義陽)が継ぎました。
この時はまだお爺ちゃんが健在で補佐しました。
しかし、そのお爺ちゃんも1557年に没します。
この家督相続に不満を持つ者が居ました。
上村頼興は家督争いを防ごうと色々手を打っていました。
自分亡き後を心配し、人望のあった実弟・上村長種を殺害。
同じ日に男児の孫が生まれると、早々に後継ぎを決定。
内紛が多い相良家を安定させようと苦心していました。
しかし、その死後に子ども達がやらかします。
幼い甥(相良義陽)より、成年した自分が当主に相応しい!
そう言って上村頼孝が叛旗を翻します。
しかし、相良義陽が先手を打ち上村頼堅を攻撃。
上村頼堅は逃亡先の福善寺で殺されます。
次いで上村城の上村頼孝を攻めます。
上村頼孝は久木野城に籠りますが、日向国飯野へ逃れます。
稲留長蔵も8月に岡本城を落され、同じく飯野へ逃れました。

乱後、相良義陽は犬童伝心(後の頼安)を城主にします。
犬童氏は1526年に相良長定に味方し、一族の殆どが処刑。
犬童頼安は幼いということで助命されています。
しかし、1545年には相良治頼の乱に加担。
乱の鎮圧後は各地を放浪していました。
帰参についての経緯は不明です。
しかし、この登用はアタリでした。
1559年、獺野原の戦で湯前城を攻略。
その後、水俣城主を兼任しました。
そこでも侵攻する島津軍をよく防ぎました。
敵将・新納忠元との連歌の応酬は語り草となっています。
相良義陽の没後、深水長智とともに幼主を支えました。
上村城の廃城時期は不明です。


所在地:熊本県球磨郡あさぎり町上西 GPS軌跡ダウンロードページ
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プロフィール

なぽ

Author:なぽ
故郷にはお城があり、小さな頃から何となくお城が好きでした。若い頃から旅が好きなので、旅行ついでに立ち寄るといった感じでした。

しかし、本格的に城をメインに旅を始めるとハマってしまい・・・。今では道無き山まで歩き回るようになりました。もう、殆どビョーキですw

全国津々浦々見てやろう!と意気込んでいましたが、訪ねる基準が年々変化しており、始めた頃に回った地方がかなり手薄になりました。でも、あまりにもマイナー過ぎる城跡まで回るのもどうかと思いつつ、通りすがりに「〇〇城跡→」なんて案内があると、ついつい足が勝手に動いてしまいます。

書き始めるとついアレコレ気になって調べまくり、遅々としてブログが進みません。こうしている間にも訪ねっ放しの城跡がザクザク溜まる一方で・・・。書き方もちょっと考え直さないと、死ぬまでに書ききれないとマジでびびっています。

おっと、またつい長くなりましたが、基本スタンスは「道案内 & 見所案内 & 歴史も!」な欲張りブログを目指しています。ここでお友達を作るつもりはありませんので、ググって出て来てちょっと気になったら読んでやって下さいませ。

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