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金ヶ沢城/栃木県鹿沼市

金ヶ沢城は、2度目の訪問です。
再訪問日は2024年2月17日です。

金ヶ沢城【写真位置2】大きな地図を表示
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前回(2023年2月26日)訪ねた時は藪に苦戦。
某藪の大御所様が東の尾根と仰せだったので。
でも、我ながらこれ、他の誰も再現不可?!
私でも「一緒に行こう」と言われたら首をブンブン横に振ります。
平時の居城が南の久我城。
わざわざ東へ遠回りする訳ねーし(・へ・)
というのが、見直しの理由です。
歴史や周辺事情を知らないと、等高線頼みになります。

今回のルートは、林道・坂丸線を通ります。
地図で道の一番奥をナビにセットしました。
某yのナビアプリでは、東に1本ズレた所に案内されます。
このアプリ、道が細かく描かれているのですが・・・
ゴルフ場内の道まで案内しようとしてくれます。
同じアプリを利用されている方は注意して下さい。
金ヶ沢城【2-1】
【2-1】林道の奥 上に戻る

久我神社脇を通る道の奥です。
フェンスで道が遮られています。
でもこれ、田舎ではよくある獣避け。
ヒモが蝶結びになってるだけのものです。
開けたら閉めるのを忘れずに!
私はフェンスから入ってすぐの所に愛車を停めました。
金ヶ沢城【2-2】
【2-2】分岐 上に戻る

フェンスから先は徒歩で移動しました。
楽しようと欲張って何度も痛い目見てるので。
すぐに現れるこの分岐は右へ進みました。
ちなみに、左からでも行けそうです。
私はそっちには行ってないので、あくまで推測です。
金ヶ沢城【2-3】
【2-3】尾根手前でこっちへ 上に戻る

分岐を右へ進むと、グネっと曲がって尾根先端へ。
この尾根が、城跡へと続いています。
なので行きはバカ正直に尾根先端から登りました。
写真は、尾根手前で左へ折れる道です。
ずっと草ですが、ヒザ下の浅いものです。
帰りはこっちから帰って来ました。
金ヶ沢城【2-4】
【2-4】尾根先端付近 上に戻る

ちなみに、行きに通った尾根はこんな感じです。
視界は明るいので、進めないことはありません。
進めはしますが、とても進みにくいです。
こんなんだから「藪好き?」と誤解されるのです。
私は断言します。
藪は大嫌いです(`^´)
金ヶ沢城【2-5】
【2-5】2-3の道から尾根へ 上に戻る

ということで、この写真は帰りに振り返って撮りました。
2-3の道の行き止まりがココです。
そして、右側の高みが、行きに歩いて来た尾根です。
道から尾根へ、ここで乗り換えます。
尾根はココまでは藪ですが・・・
ここから先はそうでもありません。
金ヶ沢城【2-6】
【2-6】5から先の尾根 上に戻る

2-4と地続きとは思えない、平和な光景です。
金ヶ沢城【2-7】
【2-7】作業道と合流 上に戻る

登って来た尾根が、別の尾根の横っ腹に合流。
そこで、左から来た作業道とぶつかります。
あらあら、車道あったんですね?
さっきの左の道がそうだったのかもしれません。
作業道はココでヘアピンカーブし再び奥へ。
ここから見ると、奥の鞍部に通じていそうです。
城跡は右上のてっぺんです。
・目の前の急な尾根を登るか?
・作業道で少し標高稼いで奥から登るか?
私は後者を選びましたが、不正解でした。
作業道は視界の先でいきなり無くなります。
そこから先へ進むのは無理そうでした。
なので、またここに戻って目の前の尾根を登りました。
金ヶ沢城【2-8】
【2-8】下の小さな堀切 上に戻る

2-7から目の前の急な尾根を登りました。
すると、小さな鞍部というか堀切が現れます。
どうやら、往時もココを通ったようですね!
左の切岸が小さな虎口状になっています。
ここからは、尾根筋に沿って真っすぐ登ります。
金ヶ沢城【2-9】
【2-9】南の堀切 上に戻る

2-8から真っすぐ尾根を登るとココに着きます。
ココは城跡の南側にある一番大きな堀切です。
ココまで来れば、城跡は目の前です!


所在地:栃木県鹿沼市引田 GPS軌跡ダウンロードページ
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以下、初回訪問時のブログです。
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金ヶ沢城は、龍階城の西にあった山城です。
訪問日は2023年2月26日です。

金ヶ沢城【全体】
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今シーズンは、栃木の山城に入り浸っています。
金ヶ沢城は、連続堀切のある龍階城のすぐ西にあります。
まだ紹介していませんが・・・
ここもなかなかの高さです。
しかも、城跡までの道ナシ!
それなりに苦労したので、紹介します。
金ヶ沢城【1】
【1】駐車した場所 上に戻る

予想した登城ルートは東からの尾根伝い。
その始点近くに車を停めました。
事前に予想した場所には停められず。
しかし、すぐ近くに路肩の広い場所がありました。
金ヶ沢城【2】
【2】入った作業道 上に戻る

そして、地図に描かれている道です。
元々期待してはいませんでしたが。
思っていたよりは形を留めていました。
金ヶ沢城【3】
【3】沢沿いにあるコンクリートの何か 上に戻る

意外と道ある!と思ってましたが・・・
すぐに砂利ゴロゴロの沢になりました。
取り敢えず草が薄いのでそのまま進んでみました。
割とすぐにコンクリートの何かがあります。
帰りに紹介する別ルートの目印になるので覚えておいて下さい♪
金ヶ沢城【4】
【4】行きは沢伝い 上に戻る

道は見当たらず、背丈よりも高い草がボーボー。
不可抗力ということで、沢沿いに進みました。
一応、城跡方向には向かえていたので。
この選択は、まぁまぁ正解でした。
金ヶ沢城【5】
【5】コンクリートの道 上に戻る

それでもどこからともなく道の断片が現れます。
ココも地面はセメントの道です。
実はココも大事なポイントでした。
行きにはわからなかったのですが。
とりあえず城キチの野生の勘で進みました。
金ヶ沢城【6】
【6】登れそうに見えた尾根 上に戻る

ただ、あまりの藪に実は少しだけイライラ。
沢の右の尾根に作業道があり、かなり心惹かれました。
だって、草が薄そうに見えましたので。
でも、左のこの尾根も中々に魅力的です。
イバラ混じりの藪掻きより、ココ登った方が絶対に楽!
という直登が、城キチの最終兵器です。
金ヶ沢城【7】
【7】尾根上に 上に戻る

でも、真っすぐだと角度がキツイので斜めに。
そしてようやっと尾根上に辿り着きました。
下界での藪掻きが嘘のような世界です。
ずっとこんななら千里の道も苦にならないのに!
・・・いや、もっと近いと有難いデス。
金ヶ沢城【8】
【8】振り返った所 上に戻る

登り切った尾根を振り返るとこんなです。
尾根の稜線で杉林がバッサリ。
全国的に、山へ行くとこんな光景を目にします。
注目すべきはその方向。
私が歩いて来た方向に尾根が伸びています。
帰りはこっちから行ける所まで行く!と決心したのでした。
金ヶ沢城【城跡】
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さて、尾根に登ってからは順調そのもの。
大した苦労話も無いので、一気に城跡を紹介します。
私が取り憑いた尾根に、9、10の二重堀切があります
そこから北側の尾根にも堀切が1つ。
二重堀切から南へ横移動した所にも12の大きいのがあります。
主郭への道は無いので、どこから直登でも変わりません。
ただ、主郭は南側に腰曲輪が付いています。
なので、12から真っすぐ上がるのが正解っぽいです。
主郭は、横堀でほぼ一周囲まれています。
横堀は西側で深くなり、その先にも15の堀切があります。
東側には横堀が無いので、そこから主郭へ。
主郭内部は、目玉焼きのように中央が高くなっています。
金ヶ沢城【9】
【9】二重堀切(下) 上に戻る

GPSでは順調に城跡に接近。
歩きやすい尾根上に出てハズレだったら心が折れます。
昨年末にそんな経験ありましたがw
そんな不安を吹っ飛ばしてくれたのがこの子デス^^
視界の先に見えた凹みヾ(*´∀`*)ノ
金ヶ沢城【10】
【10】二重堀切(上) 上に戻る

城跡から見てどの尾根だったのか。
それが確定したのは、ここが二重堀切だからでした。
ようやく自分の立ち位置をしっかり把握出来ました^^
左へ進むと、奥にも堀切が見えました。
金ヶ沢城【11】
【11】北側の堀切 上に戻る

どういう順番で回れば効率いいか。
自分の立ち位置がわかったので考えられました。
まずは二重堀切から右へ。
斜面を真横に残る踏み跡を辿り1つ北側の尾根へ。
ココに小さな腰曲輪と堀切があります。
本当はここから下にも行ってみたい気持ちはありましたが・・・
既に長い距離歩いていたのでUターンしました。
金ヶ沢城【12】
【12】西側の堀切 上に戻る

次は二重堀切から見えた左側の堀切へ。
こちらには幅の広い道があります。
というか、重機で削られた作業道です。
ここから九十九折れに、麓まで続いています。
この道を通れば楽なのかもしれませんが・・・
多分ロクな事にはならないと、止めておきました。
金ヶ沢城【13】
【13】主郭を囲む横堀 上に戻る

南側の堀切からどう上がろうかと思案。
北、東、南の尾根に、上がる道がありませんでした。
かと言って、ココからも西の尾根に行く道がある訳でもなし。
そうなると、真っすぐ登るしか選択肢がありません。
伐採作業した時のものかもですが、踏み跡が上に続いています。
南側から真っすぐ登ると、平らな場所に出ます。
ちょっとだけ虎口っぽさが残っています。
その奥に、横堀で囲まれた主郭があります。
金ヶ沢城【14】
【14】主郭 上に戻る

この横堀は、東側だけありません。
土橋というより、そのままつながってる感じです。
虎口っぽさが感じられず、本当にそのままつながっています。
壊されてそうなったのか、元々こうなのか。
ちょっとわかりません^^;
内部は、中心がちょっとだけ高く盛り上がっています。
食べ物で例えると、目玉焼きのようです。
金ヶ沢城【15】
【15】西側の堀切 上に戻る

横堀を進むと、西側が深くなっています。
外側の尾根に出て進むと、こちら側にも堀切があります。
金ヶ沢城【16】
【16】帰りは尾根伝い 上に戻る

ひと通り見たので山を下ります。
来る時は完全に手探りでした。
もっと楽に来れるルートを探したい!
そんな探求心から、下りは尾根を真っすぐ下りました。
ということで、ココを真っすぐ進みます。
金ヶ沢城【17】
【17】振り返った所 上に戻る

木のある所まで下りて振り返った所です。
北側の沢沿いに来た時は凄い藪でしたが・・・
伐採された尾根は、めちゃくちゃ歩きやすい!
金ヶ沢城【18】
【18】尾根先端部 上に戻る

そのまま真っすぐ尾根を下ります。
でも、道がある訳ではありません。
尾根先端まで下ると、こんな感じになります。
ココら辺は手入れがされてないのか、杉の幼木が沢山。
杉の藪というのはちょっとレアです。
取り敢えず掻き分けながら真っすぐ進みました。
金ヶ沢城【19】
【19】尾根下のコンクリート道終点 上に戻る

どこをどう進んでいるのか?になりますが・・・
まっすぐ進んでいたら、地面がセメントの道に出ました。
お、ラッキー♪
「上から道発見スキル♪」が発動したようです。
金ヶ沢城【20】
【20】道は藪化しています 上に戻る

地面はセメントですが、ススキや笹で埋もれています。
それでも、人の手が加わった道はありがたい!
「道なのに」と思いながらも掻き分け進みます。
すると、ゴルフ場脇に出ました。
セメント道はそのままコース端を進みます。
一応獣避けの電線で、道とコースが隔てられています。
ギリギリゴルフ場の外側、といった感じです。
しかし、その道を電線が横断しゴルフ場側に。
流石にココからは道を進めず。
かなり下っていたので、渋々北側の沢に下りました。
そうして下りた所が、3の謎のコンクリート施設です。
ということでまとめ。
楽に登れるルートは2→3と進み左側へ。
ゴルフコース沿いに進んでそのままセメント道。
セメント道を辿って藪を進み、19から左前方の尾根、です。


◆歴史◆

久我城の詰め城でした

某大聖典を開いても「金ヶ沢城」が無し。
どこかの別名かと思ったら、久我城の中にありました。
久我城は、常真寺脇にある平城です。
けっこう離れてるかと思いましたが1.4km程でした。
という事は、南から登るのが正解だったかもしれません。
事前にそういうルートも考えてはいましたが・・・
今更もう一度訪ねて検証する気にはなれません^^;
山城は大好きですが、登山はチョット。

城主は久我氏と伝わります

詳細は伝わりませんが、久我氏の城と伝わります。
その久我氏もよくわかりません。
一説には源氏長者の久我氏。
もう一説には佐野氏の一族と伝わります。

源氏長者の久我氏は、久我通光を祖とします。
久我通光は鎌倉時代の人物で、太政大臣も務めました。
この頃の源氏と言えば源頼朝ですが・・・
久我氏が源氏長者となったのは、鎌倉の源氏が滅びた頃でした。
ちなみに「久我」の読みは「こが」です。
久我氏は、室町時代末まで源氏長者の資格を保ちました。
その一族が下野に下って来たのが久我城とする説です。

佐野氏説は、一族の久我盛綱による築城とします。
久我盛綱も鎌倉時代の人物です。
佐野氏は宝治合戦で三浦氏に味方し敗退。
本領を没収され、以後衰退した時期がありました。
久我氏はこの頃に佐野氏から派生したようです。

廃城は1587年と考えられています。
この年代は、佐野氏激動の時期でした。
1585年に佐野宗綱が戦死すると、後継者が絶えました。
そこで家中ではどの家から養子を迎えるかで真っ二つに分裂。
争ったのは後北条派と佐竹派です。
佐竹派は1586年に上洛し、豊臣秀吉から惣無事令を得ます。
しかし、後北条家は1587年に佐竹家派を討伐。
北条氏忠が佐野家を継承しています。


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プロフィール

なぽ

Author:なぽ
故郷にはお城があり、小さな頃から何となくお城が好きでした。若い頃から旅が好きなので、旅行ついでに立ち寄るといった感じでした。

しかし、本格的に城をメインに旅を始めるとハマってしまい・・・。今では道無き山まで歩き回るようになりました。もう、殆どビョーキですw

全国津々浦々見てやろう!と意気込んでいましたが、訪ねる基準が年々変化しており、始めた頃に回った地方がかなり手薄になりました。でも、あまりにもマイナー過ぎる城跡まで回るのもどうかと思いつつ、通りすがりに「〇〇城跡→」なんて案内があると、ついつい足が勝手に動いてしまいます。

書き始めるとついアレコレ気になって調べまくり、遅々としてブログが進みません。こうしている間にも訪ねっ放しの城跡がザクザク溜まる一方で・・・。書き方もちょっと考え直さないと、死ぬまでに書ききれないとマジでびびっています。

おっと、またつい長くなりましたが、基本スタンスは「道案内 & 見所案内 & 歴史も!」な欲張りブログを目指しています。ここでお友達を作るつもりはありませんので、ググって出て来てちょっと気になったら読んでやって下さいませ。

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