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大蔵古城/大分県日田市

大蔵古城は、日田氏の城でした。
訪問日は2022年12月30日です。

大蔵古城【写真位置】 大きな地図を表示

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別名は日田城、高城、鷹城など。
長く日田を支配した大蔵氏(日田氏)の城でした。
慈眼山公園の一部ですが、城跡の大部分は山林となっています。
高城から東側に曲輪が連なり、大手は東側だったと思われます。
現状は南西の石段から細尾根を通り、城跡へアクセスします。
大蔵古城【1】
【1】川沿いにある駐車場 上に戻る

西側の花月川沿いに車を停められます。
この川は2012年の九州北部豪雨で氾濫しました。
その対策として河川改修が行われました。
ここもその時に整備されました。
城跡から近いので、安心して停められます。
大蔵古城【2】
【2】永興寺の石段 上に戻る

登城口となる石段です。
斜面を一直線に登ります。
こんな感じなので、往時は無かったでしょう。
とは言え、山城へアクセス出来るのは有難いことです。
大蔵古城【3】
【3】鐘撞堂 上に戻る

石段の上に永興寺があります。
城域内であれば、物見といった感じの場所です。
ここから日田市内を一望出来ます。
大蔵古城【4】
【4】上がる場所 上に戻る

お寺の背後の尾根とは段差があります。
写真では見えませんが、右奥のここに階段があります。
もしかしたら、往時からの隠し通路かもしれません^^
大蔵古城【5】
【5】郡代塩谷の碑 上に戻る

階段を上がってからは細尾根となります。
割と平坦で、普段見て回る山城サイズ位はあります。
予備知識無しで「ここが主郭だよ」と言われたら信じたかもデス。
「郡代塩谷」は、江戸時代後期の日田代官・塩谷正義です。
天領・日田の代官として善政を敷き、こうして石碑が建てられています。
昨年夏休みに訪ねた久美浜(丹後国)の代官も務めた人物でした!
大蔵古城【6】
【6】平坦面 上に戻る

石碑の背後には、ちょっとした平坦面があります。
ここが城の何だったのかがわかりません。
上から見ると平らに見えますが、削平は甘いです。
もしかしたら、お寺の跡なのかもしれません。
大蔵古城【7】
【7】堀切 上に戻る

北側は土塁状に高くなっていて、こんな窪みもあります。
細尾根なので、ここを断ち切っていてもおかしくありません。
すぐ脇にさっきのがあるので、簡単に通れてしまいますが。
大蔵古城【8】
【8】物見台的な場所 上に戻る

左脇の土塁状の中に、ひと際高い場所があります。
西側に飛び出す感じになっており、物見台かもしれません。
今は木々に覆われ、周囲は全く見えませんが。
大蔵古城【9】
【9】段になった平坦地 上に戻る

少し高い場所なので振り返ると、こんな感じです。
さっきの削平が甘い平坦地が段々に連なっています。
城の施設でないなら、完全にお寺の跡ということになります。
それにしてはかなりの規模ですが。
大蔵古城【10】
【10】高城の切岸 上に戻る

再び細尾根を進むと、目の前に高台が現れます。
この高台の上が、大蔵古城の主郭(高城)です。
城キチ的には登れない高さではありませんが・・・
大蔵古城【11】
【11】高城(主郭2)に上がる所 上に戻る

もう少し進むと、普通に上がれる場所があります。
とは言え、これも往時のものではなさそう。
でも、往時のものかもしれません。
虎口的な感じではないので迷います。
上の端に柵ぐらいあったでしょうし・・・
横から防ぎやすい上がり口だったのかも^^;
大蔵古城【12】
【12】高城(主郭2) 上に戻る

ここが主郭2と位置付けられる高城です。
上がった所から、細長く3段になっています。
大蔵古城【13】
【13】高城(主郭2)から見た古城(主郭1) 上に戻る

高城の右下には、かなり広大な平坦地が見えます。
これが古城(主郭1)と呼ばれる曲輪です。
高城とは高低差があり、直接下りられません。
写真ではそんな風には見えませんが^^;
大蔵古城【14】
【14】高城(主郭2) 上に戻る

高城の最上段です。
南北に細長い平坦地です。
南西には低い土塁があり、その外側は断崖となっています。
北端には、一段低く小さな平場があります。
何かを隠すような感じの場所に感じられました。
大蔵古城【15】
【15】古城(主郭1) 上に戻る

高城から見えてしまった古城。
見えてしまったからには寄らずには気が済みません。
直接下りるのはキツそうなので、回り込みました。
高城に上がった辺りは下が犬走りっぽい感じになっています。
そこを上がったり下がったりを繰り返して辿り着きました。
行ってみると、上から見た以上にとても広い場所でした。
大蔵古城【16】
【16】虎口っぽい所 上に戻る

とても広いので、外周をトレース。
藪や倒木で端を歩けない場所も多々ありました。
それでもなるべく端を歩くと、下に道っぽいものが。
東端のココは、上から見ると虎口に見えます。
今思えば下りて見て来れば良かったのですが・・・
黒なぽさんは、こんな時だけ面倒臭がりです。
大蔵古城【17】
【17】虎口っぽい所 上に戻る

南東の下りて来た方は、自然の為すが儘です。
木々が思い思いに茂り、行く手と視界を遮ります。
そんな中、地形に人工的なものを感じる場所が。
ここも虎口だったのかもしれません。
大蔵古城【18】
【18】南東側斜面 上に戻る

高城から古城へは、こんな感じの所を進みました。
写真は整った場所のように見えますが・・・
実際は木々に埋もれ、突然行き止まりに。
そんなこんなで上がったり下がったりの繰り返し。
行きに目印付けなかったので、帰りに迷いました^^;
何となく方向はわかるものの、戻るツテがサッパリわからず。
プチ遭難♪なんて、ちょっとワクワクしちゃいました。

◆歴史◆

大蔵氏(日田氏)の城でした

日田氏は、851年に日田郡司職となった大蔵永弘を祖とします。
とはいえ謎多き人物で、出自は諸説あります。
さらに計算上では200年以上生きたことになり・・・
伝承の人物扱いとなっています。
史料上で実在が確かなのは大蔵永季以降です。
相撲の名手で「相撲節会」では10回出場し無敗でした。
大蔵永季を祀る日田神社は、相撲の神として祀られています。
大蔵系日田氏による日田郡司職は、室町時代まで続きます。

1444年、大蔵系日田氏が滅びます
大蔵古城【関係図】
日田永秀の死後、家督争いが起きました。
その経緯が諸説ありよくわかりません。
【諸説①】
日田永秀死去
→日田永包が家督を継ぐ
→追放されていた日田永好が日田永包を暗殺
→日田永好が逃亡先の美濃で殺害される
【諸説②】
日田永秀死去
→幼主・七郎丸の家督相続に反対した日田永好が成敗される
→日田永好の家臣が七郎丸を暗殺
といった感じで、どっちがどっちを殺したのか?です
とは言え、両名とも世を去り日田氏が断絶。
日田氏の娘を娶っていた大友親満が日田家を継承します。
ここから、日田氏は大友氏系となります。
しかし、大友家からは独立した存在でした。

1548年、大友系日田氏が滅びます

日田永世は後継ぎが生まれず、大友親常を養子に迎えました。
大友親常は大友親繁の子で、日田永世の甥にあたります。
日田親常は子の親有に家督を継がせます。
大友宗家で大友政親・義右父子が争いました。
両者の争いには、宿敵・大内氏も介入しました。
両者死亡により、大友政親の弟・親治が当主となります。
大友親治は、家中の不穏分子を粛清しました。
日田親有はこの時、暗殺されたとも討死したとも伝わります。
断絶した日田家は、大友親明の子・親賢が継ぎました。
こんな感じで、日田氏は完全に大友氏の一族となっています。
次の代の日田親将は、悪政のため日田郡士らと対立します。
そのため1548年、大友義鑑は日田親将を解任し自害させました。

以後、財津氏、坂本氏ら大蔵系日田氏の一族の6名が郡老に任命。
後に2名追加され、日田八奉行により日田郡は統治されます。
日田親将の子・日田親永は、成人後に大友義統に仕え朝鮮で戦死。
日田親永の子は財津氏に育てられ、ともに肥後細川家に仕えました。


所在地:大分県日田市北豆田 GPS軌跡ダウンロードページ
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プロフィール

なぽ

Author:なぽ
故郷にはお城があり、小さな頃から何となくお城が好きでした。若い頃から旅が好きなので、旅行ついでに立ち寄るといった感じでした。

しかし、本格的に城をメインに旅を始めるとハマってしまい・・・。今では道無き山まで歩き回るようになりました。もう、殆どビョーキですw

全国津々浦々見てやろう!と意気込んでいましたが、訪ねる基準が年々変化しており、始めた頃に回った地方がかなり手薄になりました。でも、あまりにもマイナー過ぎる城跡まで回るのもどうかと思いつつ、通りすがりに「〇〇城跡→」なんて案内があると、ついつい足が勝手に動いてしまいます。

書き始めるとついアレコレ気になって調べまくり、遅々としてブログが進みません。こうしている間にも訪ねっ放しの城跡がザクザク溜まる一方で・・・。書き方もちょっと考え直さないと、死ぬまでに書ききれないとマジでびびっています。

おっと、またつい長くなりましたが、基本スタンスは「道案内 & 見所案内 & 歴史も!」な欲張りブログを目指しています。ここでお友達を作るつもりはありませんので、ググって出て来てちょっと気になったら読んでやって下さいませ。

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