2019/01/06
入下城/宮崎県美郷町
入下(にゅうした)城も伊東四十八城の1つで、登城記は初だと思います。訪問日は2018年12月30日です。

まだ誰も紹介していない城跡なので、どこ?どこから?から始まります。
私は『宮崎県中近世城館跡緊急分布調査報告書Ⅱ』で位置を特定出来ました。
ただ、登るための道がやはり情報無し。
航空写真を見て、南西からN字形に登る道があると推測しました。
1日前の飯田城では失敗した作戦なのですが・・・
ここは道がありました。
ネットが山の外周を囲んでいますが、ここだけ開いています。

車で登るため重機で通された道のようです。
ただし、途中こんな感じで笹が茂っている所が数か所あります。
道を開拓するんだ!という事もあり、直登せず掻き分けて進みました


周りは杉林なので、下草はありません。
道だけ藪という、ちょっと変わった所ですw

道は途中2回鋭角に曲がり、これが最後の一直線です。
気分は高まりますが、上り坂なのでラストスパートとは行かず。

最終的に、道は笹藪で行き止まりとなります。
重機で削ったっぽさが、ここで終わっています。

笹藪は数メートル先が明るく見えたので、まっすぐ突破しました。
すると、まとまった平坦地が現れました。

この平坦地の奥を、土塁が横一線に走っていました。
やったぁ


『宮崎県中近世城館跡緊急分布調査報告書Ⅱ』を参考に、まずは南へ。
南側は栗畑となっていて、そちらも曲輪かもしれないと書かれています。
ここがその栗畑のようです。
生えている木は栗で、葉が落ちているのでここだけ陽が差します。
ということで、下草も元気モリモリ

何年も人の手が入っていないようです。
これじゃ何かあっても見えないやと、北へUターンしました。

その途中、上がって来た所付近で、土塁が凹んでいました。
右下は急斜面なので、虎口ではなさそう。
かといって、左側は広い平坦地なので、堀切でもなさそう。
斜面をよく見てないのが悔やまれますが、図の通りなら竪堀です。
なんて思って図をよく見たら、南側に堀切が描かれています。
栗畑の藪をさらに進んだら見られたかもしれません


土塁はさらに北へ延び、そのまま細尾根として下ります。
図では、この先に物見台っぽいのが描かれています。

この細尾根道には、所々大きな石が落ちています。
山中では大きな石は見掛けなかったので、人為的な物と思われます。

細尾根道を下ると、足元がかなり丈の高いシダで覆われていました。
傾斜が急な上に足元も見えず、危険だと判断して折り返しました。
◆歴史◆
・享禄年間(1528~30年の間)に築民部少祐が築いたと伝わります。
・入下弥四郎が城主でした。
これ以外全くわからず

所在地:宮崎県東臼杵郡美郷町北郷入下 GPSログダウンロードページ
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